2010年2月16日(火)
真吾オジサンの雑感
「足るを知る」ことがないのが大衆消費社会だと思います。
この足るも、人によってまちまちです。
淡白な方もいらっしゃれば、屁のようなことにでさえ強欲な輩もいます。
「足るを知る」方を、白痴のように見なすのも、大衆消費社会です。
「足るを知る」方は、老若男女を問わず、素敵である。
私などは、一目置きたくなります。
この平成濁世では、誰もが、人のことどころではないので、それも無理からぬようにも思います。
自分にほんの少しでも得となることに、血眼になる機会も多いでしょう。
ただ、「全部、自分の思う通りになったとしても、このくらいか・・・」と落ち着いて考えるようになれないものでしょうか?
そのように思われたら、いろいろな問題に対して見切りがつくのではないかと思うのです。
もし、そのように万事思われましたら、自然に「足るを知る」人間になれるのではないでしょうか?
「足るを知る」方は、スマートな生き方をされているように思うのです。
このような方々とは、多く出会いたいものです。