2010年7月9日(金)
真吾オジサンの雑感
「退廃した坊主」について。
昔から続いているお寺さんが廃れつつあるそうです。
多くの若い方々から相手にされていないのです。
若い方が、信仰に関心を持たれても、「新興宗教」のほうに行ってしまわれているようです。
数年前の某信用調査会社の巻頭言にのところに、面白いことが書かれていました。
その巻頭言によると、タイマー付きの「鐘撞き」が、隠れたヒット商品になっているらしいのです。
段々、昔のように定刻時に、鐘を撞く人がいなくなって、自動で定刻に鐘を撞く商品が売れているらしいのです。
過疎化が進んでいるところではありそうな話です。
過疎化したところだけの問題ではないように思います。
率直に申し上げて、昔からの、所謂、お寺さんの熱心さ・御努力が不足しているように思います。
この点では、余程、「新興宗教」の方が熱心で、御努力・工夫もされているように思います。
この熱心さは、カルト宗教のようなものであってはならないのですが、昔からのお寺さんは見習うところは多いように思います。
聞くところによると、酒のにおいをプンプンさせて葬式に来たとか、歓楽街で遊び呆けているとか、妻が公認している二号がいるとかetc
昔からのお寺さんが廃れつつあるのも頷けるようなことを少なからず耳にします。
猛省が必要です。
余りに退廃したお寺さんというのも如何なものかと思います。
このような下らないことを続ける坊主のいるお寺さんには、「宗教法人」の特権を与える必要などはないようにすら思えます。