2011年3月9日(水)
干支:みづのと ゐ 九星:六白 行事:茨城鹿島神宮祭頭祭・八せん祭り 六輝:赤口 ちゅうだん:なる 廿八宿:壁
真吾オジサンの雑感
「徒然草」について。 その4
今日の雑感も、徒然草について書きます。
今日も引用しますね。
第百九十三段
くらき人の、人を測りて、その智を知れりと思はん、さらに当たるべからず。
拙き人の、碁打つ事ばかりにさとく、巧みなるは、賢き人の、この芸におろかなるを見て、己れが智に及ばずと定めて、
万の道の匠、我が道を人の知らざるを見て、己れすぐれたりと思はん事、大きなる誤りなるべし。
文字の法師、暗証の禅師、互ひに測りて、己れに如かずと思へる、共に当たらず。
己れが境界にあらざるものをば、争ふべからず、是非すべからず。
文字の法師とは、仏教の教理を知識的に研究して、修行のことを忘れている僧のことで、
暗証の禅師とは、座禅の専ら修めて、教理の面にくらい僧のことです。
兼好法師のおっしゃる通りだと思います。
真吾オジサンは、暗愚な人は、謙虚さが足らないと思っております。
こういう人が、投射をして人を評価することは、実に的外れなことが多いものです。
こういう人には、本当は、無理矢理にでも、優れた本の一冊でも読ませた方がいいと思っております。