2012年8月13日(月)
真吾オジサンの雑感
「将棋世界 9月号」について。
一昨日メールが届いたのです。
そこには「将棋世界9月号に真吾オジサンの雑感の「本当の教育者について」が少し書かれてあります。」
こう書いてありました。
で、「へ〜、そうか… では、その将棋世界を早速買いに行くか」
ということで、昨日の夜中に仕事が終わってから本屋に買いに行ったのです。
この雑感を御覧の方で、将棋には関心がない・ほとんどないという方もいらっしゃると思いますので、
一応書いておきますが、この「将棋世界」という月刊誌は、
将棋に関心のある方でしたら、まあほとんど誰しも読んでいる専門の月刊誌なのだと思われているといいと思いますね。
「将棋で強くなりたいぞ!」と思われる方でしたら、まあ例外なしに御覧になられているであろう将棋専門の月刊誌なわけですね。
大きい本屋に行けば、まあ大概どこでもこの「将棋世界」の最新号にお目にかかれると思いますね。
こういう「将棋世界」という専門誌なので、将棋愛好家の方にとっては思い入れの深い雑誌なのです。
そういうもんだと思いますね。
今月号も面白いのです、これが。 ^^
内館牧子さんが「月夜の駒音 棋士と白扇」というのを御寄稿されておられました。
これは、いい御寄稿だと思いましたね。
先日、真吾オジサンはこの雑感に、扇子は依り代が云々ということを書いたのですが、
真吾オジサンの学説と同じようなことが書かれてありました。
米長邦雄永世棋聖は、将棋電王戦のプレマッチと本番の対局で扇子を使用されておられませんでしたが、
どうもこれが本当の敗因だったのかもしれませんね。 ^^:
扇子を御利用されると、大山康晴名人が憑依し易かったはずだろうと思うのです。 ^^
「人間に戻った」あとでもね。
憑依し易くなる目印がなかったのがどうも良くなかった… ^^:
どうも、あのハンカチではどうも再び憑依し難かった… ^^:
大山名人に扇子に憑依して頂きますと、両方の対局ともに、ものの見事に入玉を成功させまして、
きっと世間も、コンピュータ将棋の関係者も、情報処理学会の方々も
あっと舌を巻くようなことになったことでしょうにね。 ^^
まあ、次回の将棋電王戦で、もし米長邦雄永世棋聖も御登場になられるようでしたら、
この扇子を必ず持参・使用するようにさせないと、どうも心配ですね。 ^^:
年々、だんだんとコンピュータ将棋は強くなっておりますしね。 ^^:
話がどうも変な方向に流れてしまいましたが、
236ページ目に「京都梅津支部 創立10周年記念祭」のことが書かれてありました。
真吾オジサンが以前にこの雑感で「本当の教育者」であると書きました
「清水忠治さん」が支部長さんをされておられるところです、この京都梅津支部さんはね。
もうこのことをよく覚えておられない方もいらっしゃるかもしれませんね。
将棋世界に寄稿されたこのお話は、
本当に今どきいいお話だと真吾オジサンは今でも変わることなくそう思っておりますので、
折角の機会ですからまた御覧下さいね。
2011年9月15日 真吾オジサンの雑感 「本当の教育者について。」
「棋道指導員・清水忠治さんについて」は清水忠治さんが将棋世界に御寄稿されたものをブログに引用させて頂いたのですが、
この寄稿された文章、「文は人なり」ということを昔から言うのですが、そういうことも感じざるを得ないでしょう?
これらの記事を書きましたのは、もう一年前近くにもなるのですが、
ここに真吾オジサンが書いた気持ちは今でも全く変わることはないですね。
こういう方にこそ、今の教育の現場に多くいて頂きたいですね。
こういう清水忠治さんが支部長さんをされておられますので、この10周年記念の式典には、
まあ凄い人数が集まられたようですね。
プロ棋士・女流棋士の先生も多く御参加されておられる写真がここには掲載されております。
真吾オジサンなどは、将棋愛好家の方は老若男女を問わず、
目の前の一局に勝った・負けたばかりに関心があるのもいいですが、
将棋を通しての陶冶ということにも思いを致すように心掛けることも大切なことだと思いますね。
この清水忠治さんを拝見しておりますと、どうもそういうことも自然に思ってしまいますね。
257ページに真吾オジサンのことが書かれてありました。
「田名後三昧」というところに書かれてありました。
田名後健吾編集長さんですよね。
一応書いておきますが、真吾オジサンはこの田名後健吾さんという方には
勿論一度もお会いしたことはないのです。
にもかかわらず、こう書いて下されてました。
田名後三昧
去る6月24日、棋道指導員の清水忠治さんが支部長を務める
京都梅津支部の設立10周年を記念した式典が盛大に開かれた(236ページ参照)。
集まった棋士の数は圧巻で、清水さんの人望の表れだろう。
清水さんが京都医療少年院での8年にもおよぶ将棋指導の日々を綴った
『少年たちの更生を信じて』を昨年の9月号に掲載したが、
この記事は少なからず反響を呼んだ。
清水さんが少年たちに訴えた
「君たちは(人生の)序盤で失敗を犯してつまづいて傷だらけだけれど、
将棋では中終盤で一生懸命努力を続ければ必ず逆転できる。
だから皆もこれから人一倍頑張るのだ」
の言葉は胸を打たれた。
世間では某市のいじめ問題が取りざたされているが、
本当の教育者とは何なのかを痛感させられる。
この記事を読んで感銘を受けたある方が、自身のブログ『真吾オジサンの雑感』に書いていることを
清水さんが教えてくれた私の感じたことをより深く代弁してくれている。
http://shingoozisann.web.fc2.com/ 「本当の教育者」について。(2011年9月15日)
こう将棋世界の編集長さんをされておられる方に書いて頂きました。
将棋愛好家の方でしたら、真吾オジサンが嬉しくなるのも分かるでしょう? ^^
この嬉しくなった気持ちを本当はあれこれと書きたくもあるのですが、
まあそれはそれとしまして、
この清水忠治さんのような方が多くいる、どこの地域・集団にでも指導的な立場にいるような日本に再構築したいものですよね。
日本人の腐敗・退廃の問題は、何も教育の現場だけの問題でもないように思います。
どうも小利ばかりを見ている・そういうことにしか思いが至らないような人が多いのです。
老若男女を問わず、そういうことにどうもなってしまったように思いますね。
なので、どうもどこもかしこも人情味が足らないようなことになっていると思いますね。
「惻隠の情」なんて、もう本当に死語になってしまったような気分になりますもんね。
これ、まだ10代・20代のうちなら、そうなるのも無理もないとは思うんですよ。
人生経験が、御本人の主観的には兎も角、まだ少ないわけですね。
なので、そうなるのも無理はないと…
しかし、問題なのは中年のオジサン・オバサンでもそう、高齢者でもそう、こうなってしまった… ^^:
真吾オジサンの実感として、本当に悉く…とまで言いますと流石に言い過ぎになるのでしょうけれど、
本当にそんな気になることも多いのです。
特に中高年の人にはあれこれと言いたくもなりますよね… ^^:
「今まで、貴方は何をしてきたのか…」ってね。 ^^:
今こういう60代前後の女性も多いのですよ。
「私、ディズニーランドに行きたい!」 ^^:
これね、例えば「論語」とか「孟子」とか「仏教書」を多く御覧になられたような60代の女性の方が
いい意味で力が抜けて、濁世見聞の一つとしてね…ということで
「ディズニーランドにでも行ってみようかしら…」
これなら分かるんですよ。
こういう場合なら、寧ろほめられてもいいことだと思いますね。
でも、これがそうではないのです。 ^^:
女子学生さんが「ディズニーランドに行ってみたい!」と何ら変わることのないような気持ちで
「私、ディズニーランドに行ってみたい!」なのです。 ^^:
真吾オジサンは徳育が必要だと思うんですよ、今の日本人にはね。
損か得かでしか物事を判断できないような大人が増えすぎました。
それで男女を問わず、こんな変な大人が増えすぎるようなことになったのだと思いますね。 ^^:
これは極めて憂うべきことだと思いますね。
目先の損か得かだけで物事を判断するばかりのような人より、
真吾オジサンなどは絶対に清水忠治さんのような方のほうが真人間だと思いますよ。
まだ多感な少年・少女のころに、
「この清水忠治さんのような大人もいるんだ!!!」
という経験を多くの少年・少女にして頂きたいですね。
少年少女のうちには、その有難味といいますか、そういうことはまだよく理解できないかもしれませんが、
兎も角、こういう方との出会いは必ず、先々になってその少年・少女を善い方向に向かわせることになるであろうと
真吾オジサンなどは信じたいですね。 ^^